坂の上の雲 老舗MAP ファッション編
松山製帽
世界にひとつあなたの帽子は
誕 生
大街道にある松山製帽 昭和22年5月、現社長が勤めていた勝山堂(現在はなくなっているが、現在の松山日赤病院近辺にあった製帽会社)を退職し、松山市内柳井町で松山製帽を設立、学生帽の製造販売を始めた。その後、三番町、そして現在の大街道に店舗・工場を移転。高校、中学の学生帽を製造、販売して盛況を極めた。
市況の変遷
自社工場にあるミシン その後、大街道の店舗で小売3名、職人2名と父親の体制で学生帽中心の事業を継続していたが、高校生・中学生の学生帽製造・販売自由化に伴い、中心になる商品がなくなり、職人も辞めていき経営は非常に厳しくなってきた。このため松山での製造を中止し、大阪のメーカーに製造を依頼するシステムに転換。しかし、メーカーへの製造依頼が集中することによる納期の遅れや品質管理問題が発生した。特に松山製帽の場合、有力顧客の伊予鉄に対して2年に1回の帽子支給に納期が遅れるという事態を招いた。このため自社製造の必要に迫られたが職人はすでに辞めている。現社長が大阪に修業に出向き、自社での製造体制を確立した。現状では、コスト的に帽子製造は大阪、中国などとの競争で非常に厳しいものがあり、松山での製造・販売会社は同社1社のみとなってしまった。
今後の製帽店の生き方
松山製帽 森康浩社長 現在、フリーサイズの帽子は中国を中心としたアジアでの生産が大半であり、国内での生産は小回りのきく少数生産でもペイするものの、帽子自体の着用率は30%である。60年前の比率95%からすれば大きな落ち込みとなっている。ただし、「帽子60年サイクル論」があり、近いうちに帽子の良さが見直されてくることだろう。かぶり方を旨く指導すれば誰でも帽子は似合うもの。「当店はバーゲンはせず、接客により本人に似合う帽子を、またかぶり方を指導する売り方を心がけたい」と社長 森康浩氏は語る。
大街道の店舗を訪ねて
おしゃれな帽子 取材の帰りに松山の中心部の大街道商店街にある松山製帽の店頭を訪ねた。おしゃれな帽子が、ところせましと並ぶなか、目立つ帽子がある。松山の町づくりのメーンテーマである「坂の上の雲」の秋山兄弟の制帽、自衛隊のキャップ、みまもり隊のキャップ等々である。店内で、これらの商品を見るだけでも楽しくなってきた。
インフォメーション
有限会社 松山製帽
住所:松山市大街道二丁目2-2
営業時間:10:30~19:30
定休日 水曜日(営業の場合は11:00~16:00)
TEL:089-921-6790
松山製帽サイトヘ
「私の帽子」
松山市シルバー人材センター副理事長 熊野伸二さん
私が帽子に興味を持ち始めたのは昭和40年頃、当時27歳でした。友人から「かぶってみないか」と言ってもらったのがキッカケでした。その帽子はレザーで、レザーのコートを着て歩いていると、その当時は刑事かヤクザに見られましたね。
そんな帽子を被って海外に行った時は外国の人からひやかされました。
仕事で新居浜にいた頃です。
スナックのママさんが「そんな帽子変えてみたらいいのに」と、そのママさんから「ボルサリーノ(アランドロンも着用したという帽子の高級ブランド)」の素晴らしいプレゼントを頂きました。
たまに新居浜に行くと、タクシーの運転手さんから「帽子の方ですか」と当時の印象が強かったのではと思いました。
現在は2個の帽子を大事にかぶっています。