坂の上の雲老舗 食べる 出雲屋



初めてのデートはイタリヤ軒!親しくなったらひぎりやきかつての松山っ子の恋事情のゆくえは・・・

坂の上の雲 老舗MAP 食べる編 出雲屋

出雲屋

がむしゃらな努力の賜 暖簾をいつまでも

うなぎは、今も昔も庶民の憧れ!?

初代三好唯一さん出雲屋のうなぎ 最近は1年中スーパーの店頭に並ぶうなぎの蒲焼き。それでも、お店で食べるうなぎの旨さはやはり格別だ。そして土用の丑の日ばかりでなく、うなぎは家庭やさまざまな集いなどで特別な日の食卓を飾ってきた。庶民にとっては、鼻先をくすぐるたれ焼きの香ばしい匂いとともに、いまも心ときめく味には違いない。
鈴木弁当松友君江さん 出雲屋は、今では松山・大街道で数少ないうなぎを食べられる店になった。
 店主として70余歳の現在も店頭で采配を振るう松友君江さんは、長きにわたりうなぎの動向を見てきた。高度成長期からオイルショックの頃までの活況や、“椿さん”の頃の店のにぎわい、客が我れ先にうなぎを買っていた土用の丑の日の様子などを、いきいきと語ってくれた。 

先見の明と好適の立地、そしてがむしゃらな努力の賜

大街道にある出雲屋大街道にある出雲屋 昭和43年、今は亡き松友誠一さんと君江さんは結婚した。それを機に、7人兄弟の誠一さんは戦死した長男に代わる三代目として、一度断ち切れていた店を夫婦で再起した。
舅で二代目の健さんは「腰巻まいて、神輿の上に乗るのはわしじゃないといかん」というのが口癖だった。戦後は焼け野が原に柱を建てて“すいとん”を売り、松山三越(昭和21年創業)にも売りに行った豪傑で、家族全員が誇りに思っていたこと、かき氷やいりこだしで評判のうどんを売ったことなど、嫁ぐ前のことを君江さんは家族から聞かされた。
戦前の大街道戦前の大街道二丁目付近
 もともと出雲屋は花園町で畳屋として創業。戦前に大街道に移転した後、商売替えしたが、初代の名前や年代など創業当初の事情は、君江さんはよくわからないという。
そこで昭和10年代半ばの松山の戦前の町並みを再現した「わすれかけの街(愛媛新聞社発行)」を照合してみると、大街道2丁目の現在の場所に「出雲屋食堂」の屋号で掲載されている。また店のすぐ裏に当時は西法寺や、隣にはラジューム温泉があり、三越にも近いこの立地の選択が今日に至る老舗の礎となったことは想像に難くない。
さらに当時店の二軒隣には、戦後すぐの文部大臣で学習院の総長としても知られた安倍能成の生家があったことも記されている。 

うなぎ屋への挑戦と、心に残る傑物たちとの出会い

三好壽恵子さん出雲屋の岡持ち うなぎを始めたのは君江さんが結婚後のこと。新たなメニューも夫婦で話し合って決めた。うなぎを捌いたのは君江さんだった。当時は、天然ものは硬くて捌き難く、客も柔らかいものを好んだため、養殖うなぎを扱った。城下では切腹を嫌がると聞いて背開きにし、焼きは一度白焼きにした後たれ焼きにした。たれの味は、あっさりしたものより“むつこい味”がいいという当時の客の要望に応え、試行錯誤して作り上げた。

 “こってりよりあっさり”という昨今のニーズに合わせ、現在は味を変えているという。

 当時常連だった久松定武知事は、「愛媛県政は出雲屋の2階にあった」と明言した。三越が岡田茂社長の時代には「山も谷も、銀行も、女というものはちゃんと生きよ」と、君江さんは彼から直々のアドバイスを受けた。また、かつて愛媛の経済界を牽引した日野喜助氏は「やることなすことすべてが他の人と違う。人にも物にもやさしい。荷造りしても紐が余ったら切らずに置いておく。すると解いた時に長ければ何かの役に立つ。自分が食べなくても人には食べさせる人」だったとか、そのひととなりについて昨日のことのように語る。 

試練を乗り越え、暖簾を継承

出雲屋の暖簾出雲屋の暖簾  誠一さんが亡くなったのは、平成19年のこと。この時子どももなく、店の進退についても行き詰まり、君江さんにとって結婚後最大の試練が訪れた。
その暖簾については「しきたりや伝承していくものが何もない」と煩悶し、店を閉めようかとも思った。しかし、君江さんはそれまで借地だった土地を買い取り、再出発の道を選んだ。地主になるのに「100年かかった」とさらりと語る。「やろ思たらやりたい。そんな自分が一番怖い」と、これまで、さまざまな無理難題を切り抜けてきた。その力量・度量だからこそ、名だたる“お歴々”との交感も得たのだろうと納得した。さらに「金儲けはどうでもええんよ」と畳みかける。
確かに、うなぎ蒲焼(840円~)、うなぎ丼・セイロ蒸し(吸い物付き1350円~)など、中心街に位置しながら価格は驚きの安さだ。

現在は後継者も決まり、タイやベトナムへと海外旅行をしながら、「店から離れたい。外から自分を見たい」と、君江さんはまた新たなステップを歩みはじめている。 


出雲屋出雲屋出雲屋


元祖松の露 三好へ

インフォメーション
出雲屋
TEL:089-945―9298
住所:愛媛県松山市大街道2丁目6―7
営業時間:8:00~21:00
定休:不定休

出雲屋の思いで

「子どもの頃、初めて食べたうなぎの味が恋しくて…」

出雲屋松山市  TSさん
 子どもの頃、親に連れられて買い物や映画を見るために大街道に出かけるのがとても楽しみでした。“よそ行き”に着替えて、電車に乗って、三越やいろんな店をまわることが、いま考えるとまるで旅か冒険でもしたように感じたりしました。何歳の時かは覚えてないけど、三越の食堂でお子さまランチやホットケーキを食べたことはすごく覚えてます。小学校の高学年の頃、映画を見た後、初めて出雲屋でうなぎを食べた時はすごくおいしくてびっくりしました。それまで家で食べたこともほとんどなかったので、うなぎが大好きになりました。その頃はあんまり行けなかったけど、自分も子どもをもってからは、大切な思い出にしてほしくて、今もときどき出雲屋に行ってます。

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